メタじいの日常

気が付けば後期高齢者です。孫が6人にもなりました。会うたびに大きくなるのでたのしみです。

楽聖 ベートーベン

   オーケストラ


2021年3月26日(金) 


起床 7時22分  気温 5℃  降水量 0mm  湿度 55% 
天気予報  晴れて青空広がる   昼間は汗ばむ陽気に   
最高気温  17℃  北西風 1m  一日の寒暖さ注意


春分(しゅんぶん)
 春分とは、太陽が真東から昇り、真西に沈む日のこと。
昼と夜が同じ長さになる春分の時期を二十四節気の大きな節目のひとつとします。
       新暦 3月20日~4月3日
 次候  桜始開(さくらはじめてひらく) 新暦3月25日~3月29日
  その春に初めて桜の花が咲くころ。
  古来、人は桜を愛で、数々の歌を詠んできました。



今朝 8時15分 撮影 東の空   雲のみえない青空
日の出 5時46分   日の入 18時07分 


今朝は二度寝をしたので、スッキリした目覚めでしたが、時間的に遅くなった。
空はスッカリ明るく、薄くかかった雲が広がっているが天気はよい。


昨年ゴーヤを植えて、西日除けにしていた鉢に雑草が勢いよくはびこってきた。


雑草


さて「今日は何の日」かというと、毎年3月26日は、「楽聖忌」でした。
「楽聖忌」は1827年3月にドイツの作曲家ベートーベンがウィーンの自宅で肝硬変のために亡くなった日です。
多くの交響曲を作曲し、「楽聖」と呼ばれたベートーベンは、この3日前に甥のカールを唯一の相続人にするように遺言書を補足していたそうです。
その彼は、今はウィーンの中央墓地に静かに眠っています。
“ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン”はドイツの作曲家、ピアニストで、バッハ等と並んで音楽史上極めて重要な作曲家であり、日本では「楽聖」とも呼ばれ、その作品は古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされているそうです。
1770年に現ドイツ領のボンにおいて宮廷テノール歌手の父と宮廷料理人の母の間に長男として生まれ、一家は祖父の援助を受けながら生活していたそうです。
父が大の酒好きであったため収入が不安定であり、祖父が亡くなるとその生活は一気に困窮、1774年頃よりベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、虐待とも言えるほどの苛烈を極める音楽のスパルタ教育を受けたことから、一時は音楽そのものに対して強い嫌悪感すら抱くようにまでなってしまったとわれています。
1787年、16歳のベートーヴェンはウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問しましたが母親の危篤をきっかけに帰郷、最愛の母が病死しました。
そしてアルコール依存症となり失職した父に代わり、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごしたそうです。
1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められて弟子入りを許され、11月にはウィーンに移住し(父親は同年12月に死去)、ピアノの即興演奏の名手として広く名声を博しました。
20歳代後半ごろより持病の難聴が徐々に悪化、音楽家として聴覚を失うという死にも等しい絶望感から、1802年には“ハイリゲンシュタットの遺書”をしたため自殺も考えたが、彼自身の芸術(音楽)への強い情熱をもってこの苦悩を乗り越え、再び生きる意欲を得て新たな芸術の道へと進んでいくことになったそうです。


1803年の肖像


1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに全盛期を迎え、その後はピアニスト兼作曲家から完全に作曲専業へと移りました。


1820年 肖像画


40歳頃には全聾(ぜんろう)となり数々の持病にも苦しめられますが、苦悩の中で書き上げた交響曲第9番やピアノ・ソナタ、弦楽四重奏曲等の作品群は彼の未曾有の境地の高さを示すものとなりました。
1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も併発するなど病状が急激に悪化し、病床に伏しながら10番目の交響曲に着手するも未完成のまま翌1827年3月26日、肝硬変のため56年の生涯を終えました。
ベートーベンが作曲した中でも“エリーゼのために”は聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。


エリーゼのために


ですがこの“エリーゼのために”という曲は実は“エリーゼ”という女性に向けて作られたものではありませんでした。
“エリーゼのために”が作曲されたのは1810年頃ですが、この頃のベートーベンは“エリーゼ”ではなく“テレーゼ”という女性にプロポーズをしていたそうです。
この時の手紙などが収められていた箱から“エリーゼのために”の譜面が発見されたことからも、この“テレーゼ”という女性宛に作曲されたものであることは間違いないようです。
ですがベートーベンの字がとても読みづらく“テレーゼ”が“エリーゼ”と間違われ、それがそのまま定着してしまったとされています。
また、ベートーベンはとても変わり者で、生涯で70〜80回は引越しをしていたとされており、56歳で亡くなったことから1年に1回以上は引越しをしている計算となります。




コロナ禍による非常事態宣言が解除されましたが、人々の動きは相変わらずのようです。
気持ちのタガをゆるめないように気を付けたいものです。



最近のニュースで、コロナ感染症のワクチン接種が高齢者にも、4月ごろには順番がマワルということなので、それまで外出を控えて感染を防いでいきます。



コロナに感染され、療養中のみなさま



これまでに各種災害などで、被災された地域のみなさま



台風や水害で避難されたみなさま



みんなで気持ちをしっかり持ち



ともにがんばってまいりましょう。


復旧に向けても ともに頑張りましょう
  そして
救助・復興・治療にあたってくださる みなさま