メタじいの日常

気が付けば後期高齢者です。孫が6人にもなりました。会うたびに大きくなるのでたのしみです。

これも文明開化です

 東京電気会社で白熱灯を制作


2021年3月25日(木) 


起床 5時52分  気温 9℃  降水量 0mm  湿度 64% 
天気予報  雲多くニワカ雨あり   昼間は春の暖かさ   
最高気温  15℃  西風 2m  花粉注意


春分(しゅんぶん)
 春分とは、太陽が真東から昇り、真西に沈む日のこと。
昼と夜が同じ長さになる春分の時期を二十四節気の大きな節目のひとつとします。
       新暦 3月20日~4月3日
 次候  桜始開 
(さくらはじめてひらく) 新暦3月25日~3月29日
  その春に初めて桜の花が咲くころ。
  古来、人は桜を愛で、数々の歌を詠んできました。



今朝 7時10分 撮影 北の空   雲り空
日の出 5時48分   日の入 18時06分 



クリスマスローズがどんどん咲いています。
これは、八重咲きの種類で、色は薄紫です。



垣根の赤目樫も新芽が盛んに出てきています。
新芽



さて「今日は何の日」かというと、毎年3月25日は、「電気記念日」でした。
、1887年(明治20年)3月25日から日本に家庭用の配電が始まったことに由来してできた記念日です。
1927年(昭和2年)に日本電気協会が制定しました。
日本で最初に電灯がついたのは、東京木挽町(銀座)の電信中央局開業の日で1878年(明治11年)3月25日のことでした。
開業祝賀会の会場となった虎ノ門工部大学校(東大工学部の前身)の大ホールで、初めて「アーク灯」が点灯したのです( これが「電気の日」の由来です)。


アーク灯


その後、東大理学部の卒業式でも点灯に成功したそうです。
当時は電灯のことを「電気光(エレキトリックライト)」と呼んでいましたが、たった1時間つけるのに50円という巨額なカネがかかる上、15分もてばいいほど不安定なものだったそうです。



それで、一般庶民が初めて電灯を見たのは明治15年11月1日で、銀座2丁目の大倉組の前で、午後7時30分に点灯されたのを見たのでした。




銀座2丁目


電柱の高さ5丈(15m)、ローソク4000本分の明るさだったそうです。
このときには1時間点灯するのに20銭必要でした。
(翌年に京都祇園、翌々年に大阪道頓堀でも点灯)
さて、アーク灯(当時は「弧光燈」と呼びました)というのはバッテリーを使うので、いわば“携帯式”の電灯でした。
電線を使った固定式の電灯とは異なります。
言うまでもないことですが、キチンとした発電所と送電システムがないと、電気は来ないのです。



電気設備が整う前、まずは発電機の設置から日本の電化は始まりました。
こうして発電機によって電気の有用性を宣伝しつつ、ついに明治19年7月、日本初の電力会社東京電灯(東京電燈)が開業しました。
この会社が最初に点灯させたのは、明治20年1月の鹿鳴館で した。
もちろん移動式発電機によるもので、効率は非常に悪いものだったそうです。


その後、東京電灯は麹町や神田など5カ所に火力発電所を設置していきます。


発電所


いよいよ電線による配電の始まりです。
まず皇居に電灯がついたのは明治22年1月6日。


皇居


 これは明治29年の皇居前の画像ですが、注目すべきは詳細に描き込まれた電線の数です。
当時の人々にとって、いかに電気が誇らしいものだったか、数の多さでよくわかります。
そして、日本で初めて営業用の電力供給が行われたのが明治23年11月で、浅草の凌雲閣だったそうです。
日本初のエレベーターが設置された塔のようです。



続いて、朝日新聞、都新聞、時事新報といった新聞社に電気が送られました。


当然ですが、明かりを照らすには、電気を発生させることが必要になります。
 発電方法には、火力、水力、原子力などがありますが、日本で最も多くの電力を生み出している火力発電には、石油、天然ガス、石炭などの化石燃料が使われています。
これらの資源は無尽蔵にあるというわけではありませんので、大切に使っていくことですね。



コロナ禍による非常事態宣言が解除されましたが、人々の動きは相変わらずのようです。
気持ちのタガをゆるめないように気を付けたいものです。



最近のニュースで、コロナ感染症のワクチン接種が高齢者にも、4月ごろには順番がマワルということなので、それまで外出を控えて感染を防いでいきます。



コロナに感染され、療養中のみなさま



これまでに各種災害などで、被災された地域のみなさま



台風や水害で避難されたみなさま



みんなで気持ちをしっかり持ち



ともにがんばってまいりましょう。


復旧に向けても ともに頑張りましょう
  そして
救助・復興・治療にあたってくださる みなさま