メタじいの日常

気が付けば後期高齢者です。孫が6人にもなりました。会うたびに大きくなるのでたのしみです。

第4次ブームがやってきますかねえ

    ゴルフ倶楽部


2021年5月24日(月) 


起床 6時20分  気温 15℃  降水量 0mm  湿度 70% 
天気予報  雲の多いスッキリしない空  日差し乏しくも気温高め
最高気温 24℃  南 風速 2m  注意報なし


小満(しょうまん)
 小満とは、いのちが、しだいに満ち満ちていくころのこと。
草木も花々も、鳥も虫も獣も人も、日を浴びてかがやく季節です。
      新暦 5月21日~6月4日
 初候  蚕起桑食(かいこおきて くわをくう)
     新暦 5月21日~5月25日
  蚕が、桑の葉をいっぱい食べて育つころ。
  美しい絹糸となる繭を、小さな体で紡ぐのです。



今朝 7時20分  撮影 西の空   雲が一面に広がる
          日の出 4時41分   日の入 18時54分
 


昨日は、梅雨の晴れ間となり、日差しを浴びてどの植物も輝いている。


   サツキ


サツキ(皐月)はツツジ科ツツジ属に分類される植物で、山奥の岩肌などに自生する。
盆栽などで親しまれている。
他のツツジに比べ1ヶ月程度遅い5~6月頃、つまり旧暦の5月 (皐月) の頃に一斉に咲き揃うところからその名が付いたと言われている。
生垣や道路の植え込みとして目にすることが出来る。


   アザレア


サツキの園芸品種などと複雑に交雑させて園芸品種群として成立し、後に日本に輸入されたものが、通称:アザレアである。
常緑性の低木で、葉は厚みを持ち、毛がある。
花は5弁の合弁花で、花色はピンク・赤などさまざまで八重咲きも多い。
開花は春(4~5月頃)。
11月頃から2月頃と、冬に咲くこともある。
南方系のツツジ類を親に持つ為、寒さに弱い(半耐寒性)。


   エゾノキリンソウ


低山帯から高山帯の岩場に生える多年草で多肉植物。
葉は互生し、葉身は2-4cmの倒卵形、上半分に鋸歯がある。
7-8月に、1-2cmの黄色の5弁花を集散状につける。
北海道から四国かけて分布し、日当たりのよい岩場などに生える。
根元付近の茎は地面を這う。
鋸歯が葉先側半分にだけあるのが特徴です。


メタじいにも「コロナワクチン」の接種予約の通知が届きました。



さて、「今日は何の日」といわれると、5月24日は「ゴルフ場記念日」でした。
1903年(明治36年)の5月24日、日本初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」がオープンしたことが由来となっていました。
   神戸ゴルフ倶楽部


このゴルフ場を造ったのは、六甲山山頂に住んでいたイギリス人貿易商のアーサー・ヘスケス・グルーム(1846~1918年)でした。


   グルーム胸像


開場当時、六甲山には外国人の別荘が建ち並んでいて、彼らのレジャーと社交の場としての利用が造成の目的であったそうです。
そのため、外国人専用のもので日本人は利用できなかったといいます。
グルームは、神戸が開港した1868年(慶応3年)に神戸に上陸しました。
美しい自然が残る六甲山に魅了され、1895年(明治28年)に六甲山で最初の人家である別荘を建てました。
その後、登山道の整備やゴルフ場の造成、植林など六甲山の開発と景観保護に力を注ぎ、「六甲山の開祖」と呼ばれています。
グルームの功績をたたえて、毎年6月に六甲山の山開きとともに「六甲山グルーム祭」が、六甲山の記念碑台で開催されます。
日本最古のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」は2003年(平成15年)に創立100周年を迎えました。
日本のゴルフ史がスタートを切るのは1901年。イギリス人の貿易商人アーサー・ヘスケス・グルーム氏が兵庫県に所有する別荘に4ホールのコースを作ったのが始まりでした。
2年後には9ホールに拡張し、日本最古のゴルフ場として知られている「神戸ゴルフ倶楽部」が創設されました。
当時、神戸ゴルフ倶楽部には135名の会員がいましたが外国人が中心となっており、日本人会員はわずか7名だったそうです。
庶民向けのレジャー施設としてではなく、外国人の貿易や娯楽が主な用途となっていました。
日本で2番目に誕生したゴルフ場は横屋ゴルフアソシエーションです。
近隣に住んでいた福井藤太郎氏が自宅の一部をクラブハウスとして提供しており、キャディーとして修行を積んでいた息子の福井覚治氏は後に日本人初のプロゴルファーになりました。
このように少しずつ日本に根を張りつつあったゴルフ文化も1940年代には戦争の犠牲になってしまいます。
太平洋戦争が始まるとゴルフ場を軍用地や畑として使うため、多くのクラブが解散を余儀なくされました。
戦争によって閉鎖されたゴルフ場の多くは終戦後に復活することはなく、せっかく根付いてきたゴルフ文化もこれまでかと思われていましたが、復興とともに少しずつ日本のゴルフ人気は息を吹き返しました。
関東プロ、関西プロ、日本プロと選手権大会が始まり、本格的にプロ競技としての道を歩み始めたのです。
神武景気と呼ばれた好景気の追い風も受け、各地にゴルフ場が建設されてきました。
サラリーマンの収入も増え、余暇を楽しむ余裕も出てきたところでしたので、ゴルフの人気もじわじわと向上していきました。
1957年には日本で第5回カナダカップ(=ワールドカップ)が開催され、中村寅吉プロと小野光一プロのペアが団体優勝、中村寅吉プロは個人でも優勝を果たし、日本人選手が大活躍。
   団体優勝


その様子がテレビで放映され、日本中が熱狂の渦に巻き込まれました。
これがきっかけとなり、第一次ゴルフブームが始まったのです。


来たる2020年の東京五輪では、霞ヶ関カンツリー倶楽部でゴルフ競技が開催されることが決まっています。


それにしても、コロナの勢いは一向に衰えをみせませんねえ。


日に日に、五輪が迫ってきているというのに。


何とかコロナウイルスを制圧しないと、五輪どころではなくなります。


ワクチンについての報道もにぎやかにもなってきました。


すでに、コロナに感染され療養中のみなさま


これまでに各種災害などで、被災された地域のみなさま


台風や水害で避難されたみなさま


みんなで気持ちをしっかり持ち


ともにがんばってまいりましょう。


復旧に向けても ともに頑張りましょう


  そして


救助・復興・治療にあたってくださる みなさま