メタじいの日常

気が付けば後期高齢者です。孫が6人にもなりました。会うたびに大きくなるのでたのしみです。

お米にあっている食材です

 立派な明太子


2021年1月10日(日) 


起床 6時25分  気温 -5℃  降水量 0mm  湿度 77% 
天気予報  曇っているが日差し  昼も厳しい寒さが続く  防寒を
最高気温 3℃ 風 0m  低温注意報


小寒(しょうかん)
  小寒とは、寒さが極まるやや手前のころのこと。
  寒の入りを迎え、立春になる寒の明けまでの約一か月が寒の内です。
       新暦 1月5日~1月19日
 次候  水泉動(すいせんうごく) 新暦 1月10日~1月14日
  地中では凍っていた泉が動きはじめるころ。
  十日まで供えた鏡餅は、十一日に鏡開きをします。


今朝 7時28分 撮影 西の空  うすい雲の青空
日の出 7時00分   日の入 16時57分 


6時半ごろトイレへ行こうと起き上がると、寝室が寒い。
予報通りの冷え込み。


起きた時には、カーテン越しに薄明かるい。


ストーブに点火し、エアコンのスイッチを入れて、さらに寝巻の上に防寒服を着てから、トイレに入る。


温かくなるのを待ってゆっくりと着替える。


パソコンを立ち上げると、しばらくはニュースやブログめぐりなどをする。


昨日は、メタじいの79回目のバースデーでした。
コロナ禍の真っ最中でもあり、妻とふたりの静かな一日を過ごしました。
長女と次女からは、「身体に気を付けて無理をしないように」と、誕生日のお祝いのラインが来ました。


パソコン記事には、大雪情報とコロナ感染者過去最高などの話題が多い。


国道は、休日ということもあり移動する交通量がすくない。


日の出の時間が過ぎると、部屋も温かくなり、外はいっそう明るくなった。
東の空に、朝焼けが見られる。


太陽が顔を出しはじめたので、庭に出て迎える。



さて「今日は何の日」かというと、1月10日は、「明太子の日」でした。
なぜ、1月10日を明太子の日に制定したかというと、1949年(昭24年)1月10日に(株)ふくやが明太子を製造、販売開始した日だったからです。

 明太子


創業者の川原さんが第二次世界大戦後、朝鮮半島より引き上げてきたのち、現地で食べた明太子の味を福岡の地で再現したのでした。
ちなみに福岡にたくさんの明太子メーカーがあるのは、川原さんが商標登録などをせず、地元の同業者に製造方法を教えたためだそうです。
また、調べていくともう一つ12月12日にも「明太子の日」がありましたが、こちらにも由来がありました。
こちらの12月12日を「明太子の日」と制定したのは山口県下関の前田海産(株)です。
こちらも明太子を製造している企業です。

  

   下関市                   下関市街


日付の理由は日本で初めて明太子が日本の新聞に登場した日だからです。
関門日日新聞の1914年(大3年)12月12日版に登場したそうです。
記事に登場したのは、韓国から明太子が日本に来ていたから取り上げられたのです。
もともと、明太子は韓国で食べられていたものでしたが、日本人の樋口さんが釜山で明太子を製造・販売、下関経由で日本に輸出するようになったからです。
12月12日は日本に輸入された日であり、1月10日は日本で製造販売された日ということになります。
ちなみに福岡が明太子のメッカのようになっているのは、東海道新幹線が大きな役割を果たしてきたそうです。
戦前から、食べられていた明太子ですが、戦後になって新幹線をきっかけに博多名物として知られるようになったというわけです。

  

    福岡県                福岡市街


下関駅ができたのが博多より遅かったことで、世に知られるまでにこれほど大きな違いになるなんて面白いですね。
よくよく考えると明太子というのは不思議な名前です。
まず「明」という字はメンなんて読みませんからね。
そもそも、明太子の原型になる料理が生まれたのは韓国です。
最初はスケトウダラの卵を塩辛にし、唐辛子をまぶして保存する料理だったそうです。
そのスケトウダラの韓国名はミョンタイオ、中国名がミンタイユーというそうです。
そして、漢字は明太と書きました。
最初はミンタイコやら、ミョンタイコとでも言われていたのが、徐々にメンタイコになったと推測しています。
最初は韓国発、輸入された場所は下関で日本風にアレンジされ、製造されたのは博多です。
複雑な歴史を持つ明太子だからこそ、記念日が2つあるのですね。
また、唐辛子で辛い味付けをした「たらこ」のことを「辛子明太子」と呼ぶことがあります。
この「辛子明太子」という名称は、原材料にスケトウダラの卵巣を使った製品だけにつけられることが業者の規約で決まっているそうです。
辛子明太子はもともと朝鮮半島の伝統食品で、これを1949年(昭和24年)に博多「ふくや」の創業者である河原俊夫氏が、日本人の味覚に合うように独自の加工方法を開発して生産したのが、日本の辛子明太子の始まりといわれています。
こうした由来から、辛いたらこといえば「博多の辛子明太子」という認識が広まり、また地域によっては「辛子明太子」を略して「明太子」と呼ぶところもあるため、明太子=辛い、というイメージがついたようです。
今日では、一般的には「たらこ」といえばタラの卵巣の塩漬け、「明太子」といえばたらこの唐辛子味、と使い分けられることが多いようです。

  たらこ


ちなみにコンビニなどのおにぎりは、塩味で加熱してあるものが「たらこ」、唐辛子味で非加熱のものが「明太子」というふうに分類されているそうです。
お米とは相性のいい食品ですね。



今朝もまた、東京では感染者記録更新などと報道され、まだまだコロナ禍の収束は程遠い感がありますが、一刻も早く収まるよう祈るしかありません。


これまでに各種災害などで、被災された地域のみなさま


台風や水害で避難されたみなさま


みんなで気持ちをしっかり持ち


ともにがんばってまいりましょう。


復旧に向けても ともに頑張りましょう
  そして
救助・復興・治療にあたってくださる みなさま