メタじいの日常

気が付けば後期高齢者です。孫が6人にもなりました。会うたびに大きくなるのでたのしみです。

新年を迎える準備をする

  飛行機の時代
2020年12月19日(土) 
起床 7時13分  気温 3℃  降水量 0mm  湿度 86% 


天気予報  朝晴れるがニワカ雨あり  昼間は冷えて北風
最高気温 8℃ 北西の風 2m  午前中冷え込む


今朝 7時50分 撮影 東の空  うす雲が広がっている
日の出 6時55分    日の入 16時42分 


明け方4時にトイレに起きる。
まだ早いとベッドに戻り、起きたら7時13分。


カーテン越しにはすでに明るい。
電灯と石油ストーブを点ける。


パソコンのスイッチを入れ、ストーブの前で火にあたりながら素早く着替える。


外は冷たく寒い。
今日は8時から地区のお墓掃除になっていた。
年2回目でお盆と年末に行い、今日は年末の大掃除にあたる。


急いで朝食をとり、道具をそろえて準備をした。


お墓の駐車場に着くと、すでに墓地の方から煙が立ち上っていた。


受付をすますと、受け持ちの場所に各自散らばって掃除をはじめる。

  受付中


大掃除は、主に自分の家の墓地を中心に共用場所を分担することになっている。


1時間ほどでそうじは終わった。
集めた枯れ葉や枯れ草の山は、湿っているのでなかなか燃えない。
役員が工夫して何とか山を片づけた。


お墓掃除の後で、すぐ隣の神社に寄る。

  神社境内

来週は、この神社の門松たてがある。
氏子の代表者で毎年立てているので、その準備もしておこうと下見に行った。


さて「今日は何の日」かというと、12月19日は「日本人初飛行の日」でした。
1910(明治43)年12月19日、東京代々木錬兵場(現:代々木公園)で、徳川好敏(とくがわよしとし)大尉が正式記録となる日本人初飛行にちなんで制定された記念日でした。
その時の機種は、アンリ・ファルマンで、高度70m、飛距離3,000mの記録が正式な(・・・)初飛行成功記録となって残っております。
その翌年1911(明治44)年には日本初の飛行場である「所沢飛行場」(現在の「所沢航空記念公園」)に備えられ、飛行訓練などに活躍した、記念すべき「アンリ・ファルマン機」の実機を、航空自衛隊からの貸与を受けて特別公開しています。

 アンリ・ファルマン機

1910(明治43)年12月、まだ専用の飛行場すら完成していなかった日本では旧陸軍の演習場「代々木練兵場」(現在の東京・代々木公園周辺)を用いて飛行実験が実施され、徳川好敏大尉の操縦するフランスから輸入された「アンリ・ファルマン機(アンリ・ファルマン1910年型)」と、日野熊蔵大尉の操縦するドイツから輸入された「ハンス・グラーデ機(ハンス・グラーデ1910年型)」が共に日本初の動力飛行記録を樹立しました。

 ハンス・グラーデ機

それから5ヶ月後の1911(明治44)年4月、待ちに待った日本初の飛行場「所沢飛行場」が現在の埼玉県所沢市に開場します。
ここ所沢での初飛行は徳川好敏大尉の操縦する「アンリ・ファルマン機」で、これを皮切りに所沢では操縦訓練、整備技術訓練、さらには飛行機の製作や開発に至るまで日本の航空技術中核を担うようになり、所沢からパイロットや航空に関わる人々、そして技術が日本中に広がっていきました。
同機は引退した後も所沢で保管されてきましたが、第二次世界大戦後、太平洋を渡りアメリカで保管された時期を経て、1960(昭和35)年、日米修好100周年および日本の航空50周年を記念したジョンソン基地(現、航空自衛隊入間基地)での盛大な返還式のもと、ふたたび日本に帰還し現在にいたっています。
一方、ハンス・グラーデ機は、レプリカが各務原市の岐阜かかみがはら航空宇宙博物館に展示されているほか、公式初飛行当時のプロペラは「日本最初の飛行に使用されたプロペラ」として戦前にファルマン機のものと共に寄贈されており、現物が東京上野の国立科学博物館に残っているそうです。


その当時では最新式の飛行機ですが、現在の航空機に比べるとおもちゃのように思えてしまいます。



これまでに各種災害などで、被災された地域のみなさま


台風や水害で避難されたみなさま:


みんなで気持ちをしっかり持ち


ともにがんばってまいりましょう。



復旧に向けても ともに頑張りましょう
         そして
救助・復興・治療にあたってくださる みなさま