メタじいの日常

気が付けば後期高齢者です。孫が6人にもなりました。会うたびに大きくなるのでたのしみです。

メタじいの2023年4月12日(水)

今日の誕生花と花言葉

    モモ
    (花言葉 『私はあなたのとりこ』『天下無敵』『気立ての良さ』)


 桃は庭や家庭菜園で育てることができる楽しみの多い果樹です。その理由は、春には梅につづいてたくさんの白、桃色から赤色の花をつけます。
そしてさらに若葉の新緑、さらに初夏から夏には果実がみのり、秋には紅葉が見られます。木の姿にはしだれ桃など風情のある品種もあります。
 桃の花を中心に花木の庭木として考えるならば、ほうきのような形の木の姿の花桃の仲間があります。これは枝が上に伸びる性質があり、開いて水平になりにくくほうきのような樹形のまま保つことができます。
したがってコンパクトな庭にも合い、アクセントとなりおすすめです。花つきがよいものが多いです。しかも花色は白色、紅色、薄紅色から選べます。
 花言葉の「私はあなたのとりこ」は、モモが古代から女性の性のシンボルとされたことに由来するといわれます。また、「天下無敵」の花言葉は、モモは邪気を払い、不老不死の霊薬と信じられてきたことにちなむともいわれます。


今日の空

 9時18分   南の空   うすく雲のかかった空が広がる


今日の天気予報士コメント 

起床 7時33分  気温 15℃  降水量 0mm  


最高気温 20℃  北西の風 1m  雷注意報  晴れ時々雨


今日雲が広がり、段々と雨が降り出します。ただ、夕方には天気が回復し、日差しの届くことも。昨日との体感差や黄砂の飛来にご注意ください。


日の出 5時24分  日の入り 18時20分 


今日の予定

 今朝は、曇り空が一面に空を覆っている。気温も高く寒さを感じない。ポン太もまだ静かにしていた。
 昨夜は、午後10時に寝室へ行き直ぐに寝付いたが、12時ごろになって、口の中に血液があふれ出すほど溜まって枕に出ていたのに気付いた。急いで洗面所に行き、口をゆすいできれいにした。何度も水でゆすいでみたが血が止まった様子がなかったので、根気よくゆすいでいたら水がきれいになってきた。前日にも、同じような出血があったが、出血が止まったのでそのまま寝てしまったことがあったのだ。だから、今朝も同じようなことだろうとベッドに戻って眠りについた。ところが、午前2時ごろになって、また口から出血があり、同じように枕にあふれ出ていたのに気づいた。一晩に2回も出血するのは危険を感じ、妻を起こして救急車を呼んで病院へ行こうかどうかを相談した。
 その結果、救急車で病院へ行った。病院では、出血場所を見つけて、止血処理をしてくれたので落ち着くことができ、長女の迎えで家に帰ってきた。ベッドに戻ったのが午前3時半をすぎていたと思う。
 この歳になって、初めての救急車輸送の体験であった。多くの人々に支えられたできごとであり、この先、感謝の気持ちを忘れないようにして生活していこうと改めて誓った。
今日は、掛かりつけの歯科医院へ連絡して、今後の治療について相談をしてきたいと思っている。
 予約は、午後4時ときまった。


今朝のスポットライト  

   午前3時の病院玄関から


   昨日のポン太


   今朝の玄関


   中央花壇


   スナップエンドウ


   アイリスの花壇


   トキワマンサク


   サツキ


   朝食後のポン太


   

今日の七十二候

清明 (せいめい)
  新暦 4月4日~4月19日
  清明とは、すべてのものが清らかで生き生きとするころのこと。
  若葉が萌え、花が咲き、鳥が歌い舞う、生命が輝く季節の到来です。


 次候 鴻雁北(こうがんきたへかえる)
   新暦 4月9日~4月13日
   日が暖かくなり、雁が北へ帰っていくころ。
   夏場はシベリアへ、また秋には日本へ渡ってきます。

  
 旬の魚介(ほたるいか):旬の野菜(たらの芽)


コロナ新規感染者情報

 (4月11日 16:00 時点 厚生労働省のデータより)
   全 国    9940人 
   愛知県     541人 
   豊田市      24人  


 あいも変わらずに、増えたり減ったりの繰り返し。それにしてもコロナ感染は、もう4年目となる。心配の種は早くなくなって欲しいものだ。
これからもお互いにウイズコロナでいきましょう。


「明日は何の日」

◎明日4月13日は 「喫茶店の日」です。


 1888年(明治21年)4月13日、東京・上野(下谷上野西黒門町)に日本初の本格的なコーヒー喫茶店「可否茶館(かひいさかん)」が開店したことに由来します。
 1階がビリヤード場、2階が喫茶室の2階建ての洋館で、1階ではビリヤードの他、トランプや囲碁、将棋などをすることができた。珈琲(コーヒー)は、明治の文明開化に花を添えるハイカラな飲み物として、特権階級の人々の間で人気があったそうです。
「可否茶館」での値段は、もりそば1杯1銭の時代にコーヒーが1銭5厘、牛乳入りコーヒーが2銭だった。また、席料が1銭5厘もした。値段が高すぎたこともあり「可否茶館」は、3年もたずに閉店してしまったということです。



 その後、1910年代の明治時代末から大正時代にかけて「カフェー」と呼ばれる喫茶店が全国的に普及し、日本において喫茶店ブームとなった。1950年代後半には音楽も楽しむことができる「ジャズ喫茶」「歌声喫茶」「名曲喫茶」などが流行した。このような喫茶店が登場・浸透した理由に、当時はレコードが高価で個人では購入が難しかったことが挙げられる。
 1960年代から1970年代には、酒類を扱わない、純粋な喫茶店である「純喫茶」が流行した。「純喫茶」は、酒類を扱い、女給(ホステス)による接客を伴う「特殊喫茶」に対する呼び名である。店主自らがコーヒーを淹れるようなこだわりがある喫茶店が増えたのはこの頃からである。
この他の記念日としては、「浄水器の日」「決闘の日」「花キューピットの日」などがある。
   
それでは、皆様方にとって明日が良き一日となりますようお祈りしております。


では、また明日